2011年8月21日日曜日

東北被災地ボランティア 4

四日目
この日は本来、ホーリネスチームが帰る日です。
しかし、ユースチームが参加している東仙台教会の子供キャンプが翌日までなので、5名のみが帰り、私とチームリーダーの山田牧師は、この日は他のチームと一緒に前日の畑で働く予定でした。
朝食風景 キャンプのキッチンから食事が運ばれてきます。

この日はあいにくの天気で、畑のほうから作業中止の連絡がありました。
さてと、と思っていたらアメリカ人3名とドイツ人1名が宮城県北部の大きな被害を受けた被災地を見たいというので、ガイドを山田牧師、ドライバーを私、通訳をCRASHからと言うことで、計7名で出かけることとなった。

この日に東京へ帰る5名を見送った後に、仙台松島道路、三陸自動車道を使って南三陸町と気仙沼市を見て回った。

南三陸町はリアス式海岸の窪みに集落があり、その集落一つ一つが津波で流され壊滅状態になっていた。
普通の民家は全て流されて皆無、鉄筋コンクリートの大き目の建物のみ残っているが窓は割れゴーストタウンの様相でした。
線路も寸断され、駅舎かなと思ったところは線路の高架橋の上に流された家が乗っている姿でした。
仙台の海沿いもすごかったですが、天候もありますが異様な風景でした。

南三陸町から気仙沼市へ行きました。
ここには、震災のときにTVで映像が流れていた気仙沼港の姿がありました。
海に近い建物は流されているかあっても使用不能の状態です。
南三陸町の田舎町とはちょっと違った風景でした。
気仙沼市街 ドライバーだったので写真はこれのみ
気仙沼からCRASH JAPAN 一ノ関ベースによりましたが、ここはスタッフやボランティアが少なく、人手がいれば出来ることは多くあると言ううったえを聞いてきました。
確かに、被害の大きかった気仙沼市、陸前高田市、南三陸町には近いので、どうにかもっと用いてあげたいと思いました。

帰りは、東北自動車道をひたすら帰ってきました。
本来ならば労働をしたいと思っていましたが、この見学も神様が与えてくださった時間だと思いました。
この地のために更に心を尽くして祈りたいと思いました。

(5へ つづく)

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